ウズベキスタン旅行~テルメズ観光2日目③~

夏休みにウズベキスタン、タジキスタンを旅行しました。

 

この旅行では、仏教遺跡やアレキサンダー大王のゆかりの地と歴史の旅です。

 

今回はウズベキスタン旅行のテルメズの二日目は

「カラ・テパ」

「ファヤズ・テパ」

「カンプル・テパ」

を見学し、有名な仏教遺跡をたくさん周り、至福の一日でした。

 

今回は前回のファヤズ・テパにつづき、カンプル・テパを紹介します。

 

テルメズから西に20km離れたカンプルテパ(カンプィルテパ)は、紀元前からインドと中央アジア・バクトリアを結ぶルートにあり、アムダリヤ河を越える地点に造られた要塞都市です。

 

紀元前4世紀、中央アジアに侵攻したアレキサンダー大王はアムダリヤ河を越えた場所に、アレキサンドリア・オクシアーナと名づけ都市を建設しました。

 

このカンプルテパがアレキサンドリア・オクシアーナという説があります。

 

カンプルテパはアムダリヤ河の大洪水により住民はこの街を放棄し、数メートルの土層に覆われたため、クシャーナ朝(クシャン朝)時代の住居群のさらに下に、アレキサンダー時代の都市の輪郭がいい保存状態で発掘されました。

 

この都市では4つの主な居住時期があったことが確認されました。
BC3C中頃-BC2C 城郭が建てられる
BC2C中頃-BC1C 城郭の外れに居住地が集中して建てられる
1C~2C2世紀    城郭(①城塞、②居住区、③埋葬、④商業地)が発展

2C中頃~2C後半  都城址の放置 

 

その調査から住宅地は幅1.5mから2.2mの 通りで区分され、全ての通りには住宅の他に倉庫、公共の宗教施設、公民館などが配置されていました。

 

これによりシルクロード時代の中央アジアの都市設計はギリシャにルーツがあることが判明しました。

 

また、発掘品として、古代ギリシャ文字が刻まれた3つの陶片やパルティア語※が刻まれた印章が発掘され、当時のギリシャ、中東との貿易が活発だったことも想定され、研究者に注目されています。

※古代イランの王朝(前247年-後224年)で使用された文字

 

これから写真の紹介です。

外観は修復されたようです。

 

ここは要塞の機能があり、内部は住宅や商店の跡が残っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下写真この奥が昔の渡し場といわれています。

ハーフィズ・アブルーによると、15世紀にはまだ渡し場として機能して、”ブルダグイ”の周辺には多くの森があり、そこには虎が生息しているといわれています。

 

古代、ジェイフン河にかかる渡し場を取り仕切る船領主達がこの”ブルダグイ”におりました。

古代のバーディシャー(地方君主)は、河の渡し場を防御し、ここの住民は免税としたため、住民は増加し、主人(ハジャゴン)は裕福になり、繁栄しました。

 

今は、河の流れが変わったことで、衰退し、今では森もなく、栄えた町も廃墟になり、土に埋まっていきました。

 

このあたりは川だったところ。

 

 

 

 

 

 

ここは自然地形を利用した山城のよう。規模が大きい。

 

 

 

 

 

 

歩きづらったのですが、この要塞の端をみたく、行ってきました。

 

ここが要塞の端っこ。堀が深く、攻めづらくなっています。

 

 

次回はダルヴェルジン・テパを紹介します。

 

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