イスラエル旅行 ベツレヘム観光

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今回はパレスチナ自治区ベツレヘムの観光を紹介させていただきます。

 

ベツレヘムはエルサレムから南に約10km、標高726mの小高い丘にあるユダヤ教・キリスト教聖地です。

 

また、この地はダビデの出身地のため、「ダビデの町」とも呼ばれ(ユダヤ教の聖地の由縁)、ミカによる福音書(ミカ書)5章2節には「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る」と記され、この地から救世主が出現すると信じられています。

 

このベツレヘムでイエスは誕生しました。

イエスの両親ヨセフとマリアはナザレ住んでおり、ここで受胎告知を受けました。

ミカ書によると、ベツヘレムで人口調査があるとのことで、ヨセフは身重のマリアを連れ、ベツヘレムに来て、イエスを出産しました(キリスト教の聖地の由縁)。

生まれた年は不明確で紀元前4~7年とされ、12月25日とされています。

実は、12月25日は古代ローマのミトラ教の神である太陽神の誕生日でキリスト教がローマの国教となった時に、この日をイエスの誕生日と定めました。

イエスは30歳ぐらいに洗礼を受け、頭角を現し、本当の父はわからず(聖書に書けない)、平凡に育ったため、洗礼以前はよくわかっていないです。

そのため、イエスの誕生日はローマカトリックは12月25日ですが、ギリシャ正教は1月7日、アルメニア正教は1月6日です。

 

これからパレスチナ自治区の紹介です。

下写真はエルサレムとパレスチナの分離壁です。高さ8m。

 

ベツレヘムの街の風景です。

 

 

 

 

イエスと生まれたとされた地に、ヘレナ(ローマのコンスタンティヌス大帝の母)は325年に聖誕教会を建てました。

これから生誕教会の紹介です。

まずは教会の正面入口は「謙虚のドア」といわれる小さな扉があります。

 

一部改装中で、パネルが立てられていました。

 

 

コンスタンティヌス大帝時代のオリジナルの床が保護されています。

 

聖誕教会を入ると正面にはギリシャ正教の祭壇があります。その祭壇の下にイエスが生まれたとされ、地下階段からいけるのですが、今回90分待ちで、たどりつくまでたいへんでした。

 

階段を下りると地下洞窟があり、この十字架の下がイエスが生まれたとされるところです。

 

ここが生まれたとされるところで、飼え葉おけの跡と東方の博士を先導した星に因んだ銀の星がはめ込まれています。

 

この星には「ここにてイエスはうまれたまえり」と刻まれています。

 

地下洞窟の様子です。

 

 

聖誕教会の北隣にフランシスコ派修道院カテリーナ教会があります。

上写真の像は聖ヒエロニムスで、自らの神学研究の幅を広げ、このベツレヘムで聖書のラテン語翻訳を続け、405年ごろ完成させました。

この翻訳書は20世紀の第2バチカン公会議にいたるまでカトリックのスタンダードであり続けた「ウルガータ」訳聖書です。

彼はキリスト教の普及で多大な功績を残しました。

 

下写真の上の絵は左に聖ヒエロニムス、右の二人の女性は聖ヒエロニムスの翻訳で金銭・生活面で助けたローマ貴族未亡人パウラと娘エウストキウムです。

 

次回はテルアビブの紹介をさせていただきます。

 

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